市場の枠を超えた特別対談
市場の枠を超えた特別対談
いちば×いちば
新企画「いちば×いちば」。このコーナーでは、小売市場の枠を超えた特別対談を実施します。第1回目は、大安亭市場の井上理事長と灘中央市場の武長理事長が、それぞれの市場の現状や取り組み、その成果と課題について意見を交わしました。さらに、市場連が今年制定した「神戸小売市場宣言 “神戸いちばPROUD”」や市場の未来についても語り合いました。
■市場を取り巻く環境の変化をどのように感じていますか?
武長) うちのお店が灘中央市場に店舗を構えたのは、今から8年ほど前。それほど古くから市場を見続けているわけではないけど、8年前と比べても市場内のお店は減ってきてますね。市場から客足が遠のいていることが、一番の要因です。でも、灘中央市場では良い変化もありました。2016年に摩耶駅ができたことでマンションがいくつか建ち、子育て世代が街に増えて、若い人たちが市場にも買い物に来てくれるようになったんです。
井上) という事は、以前に比べると市場の利用者数は増えましたか?
武長) 実はそうでもないんです。というのも、コロナ禍で以前から買い物に来てくれていたご年配のお客さんが少なくなってしまったので。若い人が増えた分、ご年配の方のお客さんが減り、利用者数としては維持か、ちょっと減った印象ですね。
井上) なるほど。大安亭市場は客層の変化というのは、あまり感じることはないかもしれません。一定数の市場ファンがいらっしゃって、今もその方々に支えられています。あとは、大安亭市場は三宮の飲食店からの需要が大きいですね。それも昔から変わらないことですが。でも、ひと昔前と比べるとお客さんの数は少しずつ減っているのは間違いありません。
■その変化に対してどのような取り組みを行っていますか?
井上) 若いお客さんが増えているという事ですが、どうやって新規の方を増やしたんですか?
武長) 灘中央市場は、とにかくいろいろなイベントを企画して実施しています。でも、僕が理事長を務め始めた時は今よりも財務状況が厳しく、イベントのために捻出できる費用なんて全くありませんでした。だから、とにかく手弁当でできるイベントを考えました。それが、灘中央市場の場合、音楽イベントだったんです。僕自身もバンドで演奏をやっていることもあり、音楽イベントなら予算をかけずにできると考えました。音楽イベント以外にも、紙皿食堂やリュックサックマーケットといったイベントを企画し、市場に足を運んでもらう機会を増やしたことから少しずつ若い人が増えていきました。でも、普段の買い物から若い人に来てもらうためには、もう少し遅い時間までお店を開けておく必要があるのかなぁという悩みも最近は感じていますね。
紙皿食堂とは…紙皿とお箸を無料で配布し、灘中央市場内、紙皿食堂参加店の工夫を凝らした食べ物を紙皿に盛りつけて味わうイベント。
リュックサックマーケットとは…リュックサックに持ち込めるだけのものを持ち込んで、交換し合う催し。ハンドメード作家やアーティストなどさまざまな出店者が集まる
井上) 共働きの夫婦が多くて、なかなか平日は市場の営業時間内に買い物に来れない人が多いですからね。でも、人を雇用しているうちのような会社として考えると、正直なかなか難しい部分はあります。8時間労働を守ることが、社員を守るということですから。
武長) 悩ましい問題ですよね。大安亭市場では、利用者を増やす施策として「いちばフードショー」を昨年開催しましたよね。あのイベントは、どのような考えから開かれたんですか?
井上) 大安亭市場も、市場の魅力を伝えるためには、とにかく市場に一度来てもらうという事が必要だと考えました。特に若い世代の人たちは市場に1度も来たことがないという人も少なくないので。でも、来てもらって「イベント楽しかったね!」で終わらないようにしないといけないと思っていました。市場のことをきちんと知ってもらいたかったんです。そこで、いちばフードショーでは普段市場が卸している飲食店さんに協力いただく形で、食べ物を提供しました。そうすることで、大安亭市場が神戸の飲食店を下支えしていることや、それだけ良い食材を提供しているという事を知ってもらいたかったんです。
いちばフードショーの様子
武長) 灘中央市場も出店させてもらったり、僕もバンド演奏でステージに立たせてもらったりしたので、当日の賑わいを肌で感じました。イベント自体は大成功だったと思うのですが、その後、市場の利用者が増えている手応えってありましたか?
井上) 手応えも感じていますし、実際に結果も出てるんですよ。うちの「鳥忠」と、フルーツや野菜を販売している「ながお」さんでイベント前後の客数をカウントして比較したんです。すると、イベント後はどちらの店舗も10~15%お客さんが増えたことがわかりました。
武長) 1度のイベントで普段の利用者が1割増えるってすごいですよね!
井上) だから、今後も毎年のイベントとして実施していきたいと考えています。あと、今回のイベントの名前を「いちばフードショー」という形にして、あえて“大安亭市場”の看板は掲げませんでした。それは、大安亭市場だけじゃなくて、神戸の小売市場を盛り上げたいという願いを込めたからです。だから、小規模版でも良いと思うので、「いちばフードショー」を各地域の市場で実施できるといいなと考えています。
武長) 灘中央市場でも是非、開催したいです。名前を「いちばフードショー」で統一して、市場同士が連携してやれば、きっと市場が盛り上がりますよ。市場が盛り上がれば、新たに市場に出店したいという人も増えるはずです。うちもイベントを開催し続けてきたことで、少しずつ活気が生まれて、新規のお店が3店舗も増えました。また新たに1店舗が仲間入りすることも決まっています。活気が生まれれば、店舗数が少なくなっている市場も、もう一度息を吹き返せるはずです。灘中央市場でイベントを始めた時は、たくさん賛否の声が上がりましたが、今では否定的な声もほとんどなく、よい効果が生まれていると感じています。
■これからの市場のあり方と、「神戸いちばPROUD」について
井上) とにかく市場にはええもん、美味いもんがいっぱいあるっていうことを一人でも多くの人に知ってもらうことが1番ですね。野菜もスーパーより安くて新鮮なものがたくさんあります。品質で言うと、お肉なんかはわかりやすいと思います。もし市場を利用したことがない人がいたら、是非いつも買っているお肉と市場のお肉を食べ比べてほしいです。そうしたら質の違いっていうのがわかってもらえるはずです。あと、どんな料理を作りたいか言ってもらったら、料理のコツなんかもプロ目線で教えられますので、そうしたお店の人とのコミュニケーションも市場の醍醐味として楽しんでもらえたらと思います。
武長) 時代はどんどん非対面で物を買える時代になっていますが、市場にとって逆に追い風になるはずです。お店の人と話しながら買い物をするという事や、こだわりを持って仕入れたり作ったりしている物を買うという事が、こんなにも楽しいと知ってもらえれば、市場の価値は益々高まると思うからです。だから、市場で働く人は、自分たちの仕事をもっともっと誇らしく思ってほしいなと感じます。
井上) そうですね。神戸小売市場宣言として掲げられた「いちばPROUD」という言葉は、その誇りを改めて思い出そうという旗印になるのではないでしょうか。そして、その誇りを胸に刻んで、より磨いていけるように意識して行動していきたいですね。
武長) その通りだと思います。僕らは物を売ってるだけじゃない。スーパーや百貨店と競争しているわけでもない。唯一無二の存在として地域に貢献していることを、市場で働く全ての人が「いちばPROUD」という言葉と共に思い出せるといいなと思います。僕は市場が本当に好きなんです。旅行に出かけても、必ずと言っていいほど市場を見に行きます。市場を見ると、その地域の暮らしが見えてくるから。小売市場は、神戸の文化そのものなんです。僕たちも必死に頑張るので、お客さんも応援する気持ちで一緒になって盛り上げてくれたら、これほど嬉しいことはないですね。
井上) そのためにも、市場を利用したことがない人たちでも、買い物に来たいと思ってもらえるように、市場の枠にとらわれず一丸となって協力していきましょう。